Content on this page requires a newer version of Adobe Flash Player.
Content on this page requires a newer version of Adobe Flash Player.
日本人学生と外国人の子どもたちの交流について ~College Student Network for Community Serviceの現場から(1)~ 津村公博(浜松学院大学/現代コミュニケーション学部教員)
学生ボランティア組織・CSN(College Student Network for Community Service)は、地域の問題の解決に大学生が主体となって立ち向かうことを目的とし、4年前に設立された。現在、浜松・豊橋・名古屋の3地域で活動中だ。その中心的なプログラムが、大学生が外国人の子どもに一対一で生活適応支援を行うMentor-ship program(通称:お兄さん・お姉さんプログラム)。“Mentor”とは、「年上の助言者、指導者」を意味する英語である。日本人の大学生が頼れるお兄さん、お姉さんとして共に考え、励まし、外国人の子どもたちを支る活動だ。
大学生は、子どもたちの住んでいる市営・県営の集合住宅の集会所で宿題の手伝い、相談相手となる。子どもたちの家の近くであるから、保護者とも話ができ、地域の特徴も把握しやすい。しかし大学生にとっては、地域の日本人住民の理解を得て外国人の子どものための教室を開くまでには、多くの壁が立ちはだかる。
現在、外国人の集住地域に、教室を5ヵ所設けている。教室の開設は大学生が行う。自治会の役員会に出席し、外国人の子どもたちの支援を懸命に訴える大学生に対して、外国人に対する差別用語が投げられたり、ある団地では1年以上も交渉を続け、集会所の借用まで合意に達しながら、理由もなく突然、不許可になったこともあった。ある市営団地では、自治会の役員が交代したことを理由に、突然使用禁止が言い渡されたため、大学生が教室続行の署名運動を行い、要求を覆させたこともあった。
以下、大学生の葛藤を少しばかり紹介したい。
CASE 1
この学生は、大学4年生の時にCSNに参加した。それまでの3年間は、専門の工学を熱心に勉強していたが、国際交流にも関心があった。彼の担当となった少年は、自動車関連企業が多い地域の中学校に通っていた。格闘技好きのブラジル人らしく地域の空手教室に通い、その明るさと探究心から学校の勉強にも一生懸命に取り組み、友達も多かった。
少年の父親の仕事は請負業務。短期契約を繰り返し、仕事のない日もある。しかも昼と夜とのシフトが交互に入る不規則な勤務。外国人就労者の多くは、このように不安定な雇用のために職場や居住地が変わることは珍しくない。出国と再入国を繰り返すことも多い。
少年の父親も、ある日突然帰国を決めた。帰国は数ヵ月後。少年は、突然の帰国を大学生に告げることができなかった。少年が在籍していた中学校の先生が代弁を買って出たが、彼は拒んだ。熱心に勉強を教え、少年を励まし続ける大学生には自分の言葉で伝えたい…との強い思いがあったからだ。ついに少年は大学生に帰国を告げた。
衝撃を受けたのはむしろ大学生の方であった。少年の意思と関係なく、繰り返される入国と出国により翻弄される少年の生活や心を思うと、事態を冷静に受け入れられず涙が止まらなかった。
少年が残した言葉を大学生は忘れない。「先生に会えたこと、一緒にいたことをいつまでも忘れない。ブラジルに帰って一生懸命に勉強して、また会いに戻る。先生のようになるため日本の大学に進学したい」
CASE 2
この学生は2002年2月、短大2年生の時にCSNに参加。担当の少女は、中学校卒業間近に急遽ブラジルへの一時帰国が決まったために、中学校を卒業できなかったという。そして日本へ戻ってきた。現在17歳。高等学校への進学を望み、中学校への復学を希望していた。父親に連れられてCSNの教室を訪れた。
保護者の了解のうえで、復学を教育委員会へ打診したが、年齢超過のため不許可。そのため、中学校卒業程度認定試験に合格し、高校受験の資格を得ることを目標として、学習支援を始めた。
当時、少女の理解は小学校低学年~中学年程度であり、実年齢と学年齢のギャップに大学生は愕然とした。数ヶ月程度で、10年程度の学力の遅れを取り戻すことはできず、初年度の受験は見送った。次年度の試験に向けて引き続き支援が始まったが、以来4年が経過した。少女は21歳となった。
大学生は大学院へ進んだが、付き合いは今も続く。現在は、学習支援が電話やメール、映画鑑賞に変わった。映画の前後には、彼女が働くスーパーでのアルバイトの事や彼女が所属する劇団の話をする。大学生は今後もこのまま少女の「友達」「お姉さん」として関係を続けたいと言う。
◎ ◎ ◎
大学生の試みには、すぐに答えが出ないケースの方が多い。支援活動の中で大学生は迷い、自らの無力に打ちひしがれる。しかし、どのような結果になろうとも、子どもたちの中には何か残るはずであると確信する。その何かが、子どもの人生において1つの指針としての役割を果たしていくであろう。大学生と子どもたちの涙ばかりを見てきた4年間であった。